今回のお訪ね先
株式会社ドリーム
「好き」をかたちにする(前編)
2023.10.13
今回の訪問先は、愛知県名古屋市に本社がある株式会社ドリームです。「SONAENO クッション型多機能寝袋」を開発し、2021年度のグッドデザイン・ベスト100に選ばれました。防災グッズは家の奥にしまい込みがちで、いざという時に出せない場合もありますが、クッション型の寝袋ならば、常にリビングに置いておくことができます。ありそうでなかった、日常の暮らしに溶け込む備えは、どのようにして生まれたのでしょうか。開発者の石川ももさんに伺いました。
ニーズがあればチャレンジできる
— 防災グッズとしての寝袋は、これまで市場になかったそうですね。防災グッズをつくろうと思ったきっかけは何だったのでしょうか。専門性が求められる分野でもあるので、ベテランの企画者が担当されたのかと思っておりました。石川さんは入社して何年目ですか?
石川もも 今年で9年目になります。私は防災グッズがそもそも大好きで、入社当初より防災グッズを企画したいと思っていたのです。ドリームは美容・健康・アイデア雑貨を開発する会社で、私が入社するまでは防災グッズは扱っていなかったのですが、大学卒業前の会社説明会で、つくれるものは限られていない、ニーズがあり売り場があれば、どんなものでもチャレンジできると聞き、ここならば防災グッズがつくれるのではないかと思い、入社しました。
防災グッズは頼れる必殺アイテム
— あまり聞かないですが、防災グッズマニアなのですね。
石川 小学生ぐらいから、ずっと防災グッズが好きで、お年玉とかお小遣いもすべて防災グッズにあてるほど、夢中になってきました。友達は、その頃ゲームを買っていましたが(笑)。きっかけは2000年問題です。
— 2000年になった時に、コンピュータで年数の入力を下二桁のみにしていたデータは、1900年と2000年が区別できないから、銀行などで大混乱が起きるという問題ですね。国や赤十字なども混乱に備えた防災対策を呼びかけました。ノストラダムスの大予言と重ねて、パニックのような騒ぎが生じたのを覚えています。
石川 私はまだ小学校1、2年生だったので、地球が滅亡するのではないか、怖い、大変だという危機感を抱きました。幼いながらも、防災グッズを備えなくてはと思って、東急ハンズに足を運ぶと、「2000年問題への備え」としてコーナーができていました。
当時はまだ防災グッズが少なくて、食品や水が中心でした。それでも、水を入れるとお餅になる非常食や、小さくカチカチに固められて使う時に水に浸して広げるタオル、24時間灯るロウソク、10年もつ水などがありました。それらを見て、すごくワクワクしたのです。頼りになる必殺アイテムや武器みたいに感じて、ひたすら集めていました。私の原点は、そこにあります。
— 好きが高じた仕事とはいえ、実用品の開発となると単純にはいきません。難しい課題も多かったのでは?
石川 とても苦労しました。入社1年目から、防災グッズの企画をたくさん出しましたが、なかなか通すことはできませんでした。ニーズもわかっていなかったからです。
防災グッズは、大手企業が手がけた食品やライトなど、すでに市場に出回っていますし、同じジャンルにあとから参入しても敵いません。すごくつくりたいものがいくつもあったのですが、初期の投資コストがかかりすぎるとか、世のなかになさ過ぎるものなので、売れる確証がもてないとか、会議では厳しい意見が飛び交いました。
日常と防災グッズを掛け合わせる
— 大手企業がつくれば大量生産でき、価格も安くなります。新規に小ロットから始める企業が参入するのは、たやすくないことです。
石川 そんなとき、思いついたことがありました。私は防災グッズが好きなので、どんなものでも買ってきました。でも、私の友達は、防災には興味がないので、「なぜ買わなきゃいけないの」、「いつ使うかわからない備えのために、なぜお金を出さなきゃいけないの」、「そもそも、かさばる防災グッズをどこにしまっておくの」と、不満を口にします。つまり、課題がいろいろあることに気付いたのです。
好きであれば、どんなデザインでも、多少高価でも、買って備えるでしょう。でも興味のない人に、どうやったら興味をもってもらえるのか。そこで改めて防災グッズ市場を調べました。すると、おしゃれ防災とか、生活に馴染む防災グッズがすでに世のなかに一定数存在していて、日常から使える防災グッズの市場があることがわかりました。
それを見てワクワクしました。同時に、防災グッズの可能性はもっとあるんだと気付いたのです。そこから住宅展示場に行って、どんな防災グッズが住宅に馴染むか、キッチンやベッド周りに置いてもおかしくないデザインはどういうものか、日常と防災グッズの掛け合わせをひたすら考えていったら、この寝袋に辿り着いたのです。入社5年目のことです。
デザインのポイント:クッション仕様にすることで、防災グッズの保管場所に困るという問題を解決している。非常時の「住」を身近なアイテムに置き換えることで、日常的に備えさせることに成功。使用時の機能性は、防災の専門家や被災者の知見に基づいた設計となっており、機能性が高密度に詰め込まれている。備えと暮らしの壁をなくす視点が高く評価された。
レッドオーシャンにあるニッチ
一体型のクッション仕様の寝袋には、どうやって辿り着いたのですか?
石川 私はテレビ通販の営業も担当しているのですが、番組のバイヤーの方に防災グッズをやりたいと話したところ、通販で扱う防災グッズには、水や食糧、その詰め合わせのリュックはあるけれど、寝具はないと、ヒントをもらったんです。
実際に調べてみたら、防災グッズには、アウトドア用の寝袋が入れてあるのみで、防災用として細部までこだわった寝袋はありませんでした。私もキャンプが趣味で寝袋を持っていますが、外で使う寝袋は、畳むのが容易ではないんです。そのほかにも災害時には、使いにくい点が多々あります。
同時に、寝袋が家に馴染むにはどうすればいいかと頭を巡らせたときに、「クッションだ」と閃きました。住宅展示場をつぶさに見てきたからかもしれません。そこですぐに、市場にクッション型の寝袋があるか調べました。
カバーが付いていて折り畳んでしまえるものがありましたが、災害時にカバーはなくしがち。カバーがなくなったら、デザインも失われてしまうので、袋なしでクッションになる寝袋にしたいと考え始めました。
— テレビ通販の担当の方の言葉を聞き逃さなかったり、すぐにクッションが思い浮かんだりするのは、常日頃、防災グッズのことを深く考えているからこそ、だと思います。専門的な知見はどうやって得られたのですか?
石川 弊社は、いつも製造者、専門家、お客さまが三位一体となったものづくりを行っているのです。例えば枕を開発する場合は、睡眠に特化した専門家と一緒に開発を進めていくという方法です。
5年ほど前に、防災アドバイザーでソナエルワークス代表の髙荷智也さんに私からお声がけし、一緒に開発を進めてきました。でも社内の会議も通せずにボツになることが多く、髙荷さんからも「ゆっくりやりましょう」と言われていました。
— 寝袋を思いついたとき、専門家の反応はいかがでしたか。
石川 正直にお話ししますと、最初は需要はあるがハードルはかなり高い、とのフィードバックを頂きました。と言うのも、寝袋はアウトドアメーカーがさまざまな用途にあわせた高機能な製品をたくさん出しており、「寝袋という領域が超レッドオーシャンである」というお言葉が返ってきていました。
登山用の寝袋は氷点下でも対応できるものなど、多くのメーカーで出しています。今さら新規参入して、寝袋をつくるのは厳しいんじゃないかというご意見です。
そこで私は、「いえいえ、日常に馴染む寝袋はないんです。なおかつ、防災視点に特化したものも、まだ世のなかにはないんです」とお話しし、納得していただいたのです。そのために、調査もたくさんしました。
弊社の開発担当と製造している工場からも、たくさんアドバイスをもらいました。一体型で45×45㎝にしたいとオーダーし、少しずつ改良しながら完成していったのです。一般的なクッションのサイズなので、お好きなカバーをかけることもできます。
どこが確信なのか、見出すのは自分
— 実際に、高機能で高級な寝袋はたくさん出ていますが、それを災害時に使いたいわけではないし、もっと使い勝手のよい災害時用の寝袋はあるはず、ということですね。レッドオーシャンのようでも、みんなが見落としているポイントはある。まさに目の付け所です。
石川 テレビ通販のバイヤーの方も、最初は「うーん」と難色を示していました。この寝袋は、一体型でクッションとなるだけでなく、フードがあり、枕が付いていて、貴重品をしまえるポケットもあるなど、災害時に役立つさまざまな機能をもっています。でも、そうした機能自体は珍しいものではありません。むしろ、ライフスタイルに溶け込ませることがこの商品の軸であると伝え、共感していただきました。
— 難色を示した専門家もバイヤーも、石川さんの熱意で動かしたのですね。
石川 入社当初のように、最初に否定されたところで諦めなかったのは、めちゃくちゃえらい、と自分では思っています(笑)。
実際に、できないと言われると無理だと感じて、諦めてしまうこともたくさんありました。でも、防災グッズが好きだから、その分、意志が強かったのでしょう。
ほかにはない製品になりうることを明確に自分で見つけて、会社や専門家、取引先に話せたのがよかったのだと思います。伝わってからは、早かったですね。できあがるまで2~3年かかる企画もあるなか、これは11カ月ほどで完成しました。
— 自分で確信をもてるポイントを見つけ出すことが大事なのですね。
石川 その通りですね。誰になんと言われようと、絶対に売れるから、と確信していました。実際に、課題をクリアしながら少しずつ形になっていくと、社内の反応も良くなっていきました。最初は「ふーん」、みたいな反応が、「いいね」、「売れるかも」になり、やがて「欲しい」というハッピーな声が増えていって、これはいけそうだと手応えを感じました。
発売すると大ヒット商品に
— ユーザーからの反応はいかがでしたか?
石川 とても好評で、発売から約2年半で累計57,000個が売れました。テレビ通販での反響がすごく大きく、こういうものはこれまでなかったと、共感していただけたのかもしれません。
— 災害時の寝袋なので、家族分購入される方も多いのでは?
石川 この寝袋は、一人当たり平均して2つ購入されています。被災者のアンケートによると、避難生活の当初において、困ったことの最上位は眠れる環境が確保できないことです。体育館などに大勢が集まり、狭いスペースで、床の上で寝なければならないからです。
テレビ通販ではキャストの方が、「避難所で自分の親を硬い床で寝かせられますか?私はできません。だから贈りました」といった説明をされていましたが、その通りで、寝袋は非常時に必要です。一回買ってよかったから娘に贈りたい、あるいはお母さんに贈りたいといった声も聞きます。
— それは感動するエピソードですね。
石川 私も企画者として、嬉しい気持ちになります。自分のお気に入りのクッションカバーをかければいいので、プレゼントとしても贈りやすいという声も届いています。突然、防災グッズを贈られても、普通の方は、ギョッとしてしまいますからね。
実は、最初は、可愛い柄でクッションをつくろうと思ったんです。すると、髙荷さんが、避難所では女性や子どもは犯罪に巻き込まれやすい。例えばピンクや花柄の寝袋だと、確実に女性や子どもとわかるため狙われやすくなるので、避けるべきだとご指摘いただきました。男女がわからないようにしないといけないのです。
それは、思いもつかないことでした。ですから、髙荷さんと相談しながら、仕様を決めていきました。機能や使い勝手など、さまざまなアドバイスをいただき、そこから落とし込むのですが、落とし込みすぎるとコストがかかりすぎたり、クッションとしてまとまらなくなったりしてしまう。一つひとつ慎重に取捨選択してつくっていきました。
好きなものに取り組み、今までにない新しい商品として世に送り出し、ヒットを飛ばす。石川さんの歩みはシンデレラストーリーのようですが、その背景には、日々の諦めないチャレンジがありました。後編では、具体的な開発秘話を伺います。
グッドデザイン探訪では、あるテーマを切り口にインタビューや仕事紹介の記事をお届けしていきます。今回のテーマは「中小企業パラドックス」。市場競争ではなにかと不利とされがちな中小企業*ですが、自由に発想できたり、意志決定が早くなったりなど、メリットもあるはずです。パラドックスとして、中小企業だからこそ生まれたグッドデザインを掘り下げます。 *資本金3億円以下、従業員総数300人以下の企業
SONAENO クッション型多機能寝袋
株式会社ドリーム
災害大国である日本では、「備える」視点の製品はさまざまあるが、せっかく備えたものも非常時にしまい込んで取り出せないという事例も少なくない。SONAENOは日常の暮らしに溶けこむ備えを提案する新しいブランドで、クッション型多機能寝袋を防災のプロと共同開発した。普段は住まいや車の中でクッションとして使い、災害時には睡眠環境を整える寝袋となる。非常時に必要な機能を詰め込みつつ、日常でも使えるという新たな発想が評価された。https://www.mydream.co.jp/
- 受賞詳細
- 2021年度 グッドデザイン・ベスト100 寝袋「SONAENO クッション型多機能寝袋」 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e4a19f1-803d-11ed-af7e-0242ac130002
- プロデューサー
- 代表取締役 大橋秀男
- ディレクター
- TVメディアプランニング 石川もも
- デザイナー
- R&D プロダクトデザイナー 三島眞由美
石黒知子
エディター、ライター
『AXIS』編集部を経て、フリーランスとして活動。デザイン、生活文化を中心に執筆、編集、企画を行う。主な書籍編集にLIXIL BOOKLETシリーズ(LIXIL出版)、雑誌編集に『おいしさの科学』(NTS出版)などがある。
若林聖人
写真家
高校でデザインを学ぶ。短大卒業後、デザイン事務所と写真スタジオを経て1999年に独立。広告をはじめ、多領域のクライアントとの仕事を重ね、ジャンルを問わない広範な写真を撮影する。