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「よいデザイン」がつくられた 現場へ

よいデザイン、優れたデザイン、 未来を拓くデザイン 人々のこころを動かしたアイデアも、 社会を導いたアクションも、 その始まりはいつも小さい

よいデザインが生まれた現場から、 次のデザインへのヒントを探るインタビュー

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今回のお訪ね先

エンドー/杉の下意匠室

イカだってデザインしてほしい(後編)

2024.02.01

2023年度のグッドデザイン金賞には、意外なラインナップが入りました。エンドー「げそ天」、イカの下足(げそ)の天ぷらです。地域に密着した商店が、大型スーパーや量販店の出現により打撃を受け、消えていく。山形県のスーパー、エンドーもかつてはそんな苦境のなかであえいでいました。起死回生できたのは、地域のソウルフード・げそ天とデザインが結びついたから。人気商品が誕生し、今や県外からも客が訪れるスーパーとなりました。クライアントとクリエイターが同時進行で創造を積み重ね、拡張していく。その秘訣に迫ります。 前編はこちら


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昭和期より3代続く山形市のスーパー、エンドー。野菜や果物を得意としていたことが、看板を見るとわかる。
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手前にイートイン、奥に厨房があり、げそ天は注文を受けてから揚げる。できあがりまでおよそ20分。待ち時間で、ゆっくり買い物したり、飲食を楽しんだりするので、店内は人が途絶えることがない。

なぜか、そのデザインだけが目に入った

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左よりエンドー店主の遠藤英則さん、杉の下意匠室アートディレクターの鈴木敏志さん、同イラストレーターの小関司さん。

— 地域のスーパーがデザインを導入しようとしても、どうしたらよいのか、初めの一歩はなかなか踏み出せないものです。エンドーの場合は、店主の遠藤英則さんがデザイナーを選んだことから、プロジェクトが動き出しました。

目にしたショップカードでデザイナーを選ばれたということでしたが、決め手は何でしたか?

遠藤英則(エンドー店主) ちょっと変わったショップカードだったのを覚えています。フラワーショップで「ハナ ナヒ ナイ」とそれぞれ縦に書かれていて、近くで見ると気付かないけれど、一歩引いてみると、後半のカタカナが「花」を模しているのがわかったんです。ここに頼んだら、おもしろいデザインにしてくれるんじゃないか、と考えました。

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杉の下意匠室が手がけたフラワーショップのショップカード。

― 遠藤さんがおもしろいと感じたということは、そこでクライアントとデザイナーの方向性が重なっていたと言えるかもしれません。

遠藤 ショップカードやチラシは、ほかにもいろいろ貼ってあったのですが、それだけが目に留まったんです。バキバキの目立つ色遣いとかではないのに、なぜだかパッと目に飛び込んできました。

その当時から、個性的で、何かを訴えるものをつくる方たちだったのでしょう。意識してはいなかったのですが、相性もよかったのかもしれません。いい出会いでした。

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時に軽口を交えながら、遠慮なく、本音で語り合う3人。その関係性が、エンドーの居心地のよさや懐の深さにつながっている。

遠藤 でも、デザインに関しては知識がないので、聞かれても難しいですね。説明しようとしても、言葉に詰まってしまいます。

― デザインがわからなくても、デザイナーとの仕事がスムーズに運んだ秘訣を伺いたいです。

遠藤 自分の仕事は、おいしいものをつくること、それしかないんです。おいしいものをつくらなくちゃいけないというのが第一にあります。だからそれ以外は、すべて杉の下意匠室のお二人(以下、杉の下)にお任せしています。提案をいただいてやろうと決めたら、杉の下さんはできあがった形で持ってきてくれるので、任せやすいのです。

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「じじい」こと父・英弥さんをはじめ、遠藤さん一家総出でつくるお惣菜や漬物は、懐かしくやさしい味わいで、ファンも多い。

お客さんに、楽しんでもらえるか

遠藤 最終判断は自分が下しますが、デザインがわからないので、最初は賭けでもありました。でも、その際は、お客さんにまた来てもらえるようになっているか、楽しんでもらえるようになっているか、それだけで判断しました。

鈴木敏志(杉の下意匠室) 遠藤さんは、店のことだけを考えてくれればいいんです。

遠藤 そうですね、自分もデザインまで手を出したら、何もできなくなってしまう。今でさえ、メニュー開発で手一杯になっているので、デザインはすべてお願いしています。信頼しています。

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げそ天にあうクラフトビールをオリジナルでつくってもらった。その名も「ゲソIPA」。ビールだけでなく、限定純米酒や白ワインもある。店内のオリジナルデザインを眺めるだけでも、楽しくなってくる。

― そこは杉の下さんの作品と出会った時のように、感じたこと、直観を信じるというのでよいのかもしれません。

遠藤 それはありますね。理屈抜きで「あ、いける」、みたいに感じるのはあります。これは魚を仕入れる時と同じで、「これは売れるな」と感じたものは、売れます。これでは、アドバイスにはならないですね(笑)。

感じたことに従うというのは、無理しないということでもあります。自分の身の丈にあった方向を選ぶ。そうでないと、続かないですからね。

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古い設備をそのまま活用している店内には、古きよき懐かしさと新しさが混在している。純米大吟醸とヨーグルトのリキュール「ヨー子」のデザインを手がけたのも杉の下意匠室。

売れなかったら、売れるまでやる

鈴木 でも、実際には、遠藤さんは無理したでしょ。

遠藤 やったことないことばかりですからね、無理はしました。

鈴木 げそ天を起爆剤にしようとしていましたから、スーパーなのに「げそ天屋」みたいに見えてしまうところもあったけれど、遠藤さんは厭わなかった。なんでも来いという姿勢だったと感じます。そこは遠藤さんの言う賭けであり、勝負したのだと理解しています。

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年2冊発行する宅配カタログ。「げそ男」が表紙を飾り、100ページのボリュームで、読み応えも十分。

遠藤 そこは勝負しました。日常業務でも、うちは基本として売れるまでやるという信条があるんです。売れなかったら、なぜ売れなかったのか、やりながらも考え続けます。

常に改善していきます。現在も、杉の下さんから提案してもらいながらも、まだ実現できていない計画もあります。基本的に、食べ物をつくらなきゃいけないわけなので、直観も大事だけれど、どういうものにしていくべきか、しっかり考えることも大事ですね。

― 大胆な直観と細部への熟考を同時にされているのが強みですね。商品開発に関しては、妥協せず、とことん研究されているところも、エンドーの人気の原動力です。

遠藤 いつも研究はしていますね。げそ天にしても、もっとおいしくなるんじゃないかと、今でも、いろいろ考えています。

子どもたちが自慢する仕事

― 見えない努力の積み重ねが、売り上げという結果に結びつきました。廃業寸前の状態から脱して人気店となりました。

遠藤 売れましたね。鈴木さんは近くに住んでいるんですけれど、その奥さんも子どももよく店に来てくれるのが、うれしいんです。子どもたちにも入りやすい雰囲気になったので、食べに来てくれる。辛口の目線で見てくれるので、うれしい存在です。

鈴木 以前は廃業寸前の状態でしたから、エンドーの仕事をしていることを子どもたちは恥ずかしいとさえ言っていたのに、今では自慢しているんです。

— 「げそ天」を軸にした結果、エンドーは通常のスーパーの枠におさまらない、人が集う場所になりました。イートインだけでなく、イベントの「立呑み」やテイクアウトのおつまみセット「宅呑み」、カタログで注文する「宅配」、げそ天にあうビール「ゲソIPA」の開発など、楽しいアイデアが次々実現しています。

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厨房の横に貼ってあるのは土曜日に行っている「宅呑み」のメニュー。つまみと酒をセットにしたテイクアウトで、献立は毎週変わる。

小関 司(杉の下意匠室) コロナ禍で飲みに来るお客さんが減ってしまったことをきっかけに、おいしいおつまみとお酒のセットを提供してはどうかと考え、実現したのが「宅呑み」です。

鈴木 僕らは飲むのが好きなので、お客さんも喜んでくれるだろうと考えました。定番のげそ天や人気の馬刺ではなく、それ以外からつまみになる肴を選んで、お酒とセットにして販売する。まあ、よく売れました。今も売れています。同時期に宅配サービスも始めて、年に2回発行するカタログもつくりました。

ド真面目だけど、何でもあり

遠藤 げそ天の次に、筋子を提案されました。筋子は、サケ科の魚の卵をばらさずに卵巣膜に包まれたまま塩漬けや醤油漬けにしたもの。いくらよりも未成熟な卵で、塩漬けにした筋子は東北でしか流通していません。太平洋側では鮭がとれるので、いくらが中心で、あまり筋子は食べないのです。

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大ぶりの筋子がどんとご飯に乗った定食「筋子めし」は、げそ天が付いて1200円。

遠藤 ここで売っている筋子は、スーパーではやや高価で売りづらい3000円〜5000円の価格帯ですが、昔から地域の味として、おつかいものにする需要がありました。

— 筋子もキャラクター化されていますね。筋子だから女性なのでしょうか。

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遠藤さんが着る調理衣のポケットやエコバッグに描かれているのは、筋子のキャラクター「筋子」。

遠藤 筋子は未成熟なので、女性でも少し幼いキャラクターになっています。

小関鈴木 そうだったんですか(笑)。

遠藤 えっ、違いますか(笑)。関連して4コママンガもつくってくれていて、さすがだなと思っていたのです。

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げそ天のウェブサイトで読むことができる4コママンガ。

— げそ天のウェブサイトでは、そうしたマンガのコーナーがあったり、わかりやすさよりも好きな人にアピールするような、振り切ったデザインになっていたりします。幅広い客層にアプローチしているのがわかります。

鈴木 最初からいるお客さんは逃がさないようにしながら、今風にしすぎない、おしゃれにしすぎないバランスを考えています。そのシミュレーションは行いますが、遠藤さんには見せていません。

ウェブサイトは、エンドーでなく、げそ天を売るためのサイトとしてつくりました。どんどんアップデートしたら、ああなっただけなんです。誰が見るんだろうかという思いもありますが、遠藤さんが真面目なので、ド真面目にやっています。

小関 キャラクターにしても4コママンガにしても、ただの悪ふざけになってはいけないと考えました。お店にマッチしていることが大切で、あくまでお客さんとの接点を広げるきっかけとして考案しています。

鈴木 通販のカタログも100ページもあり、通常ならば、手間を考えたらありえないことです。でも、エンドーの方向性が見えてきたら、何でもありになっていき、振り切った方が皆さんも楽しいし、競合他社もついてこれないだろう、と考えるようになりました。

おばあちゃんは「いぐなったなぁ」

— 昔からのお客さんや常連の方々は、お店の変化について、何かおっしゃっていますか?

遠藤 地元のおばあちゃんは、「いぐなったあ」と言っています。掃除して店内を整えたので、前より暖かくなっていますし、居心地もいいし、見やすくなったと喜んでいます。

ただ、以前は、「これつくって」と、持ち込まれたものも、何でもつくれるものはつくっていました。今は時間がないので、個別の注文には応じることはできません。

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客足の絶えない店内では、遠藤さんを中心に会話の花が咲く。

鈴木 何でもやっていましたよね。魚を切ってくれるのはもちろん、焼いてくれたりするんですから。

遠藤 今もそれはやっていますけれどね。昔はクルマでおばあちゃんを迎えに行って、エンドーまで連れてきて、内職を手伝って貰うかわりにお昼をご馳走したりするようなこともしていました。

御用聞きもしていましたし、「うちの2階の屋根裏にネズミがいるんだけど」と電話がきたら、ネズミ退治もサービスとしてやっていました。なんでもやっていました。

— そんなことをしてくれるスーパーなんて、聞いたことがないです。

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鈴木 暇だったんです(笑)。

遠藤 はい、時間があったんです(笑)。

小関 そうした近所との付き合いを重ねてきたことが、現在の宅配サービスにつながっています。地元の方が困っていることを助けたいという思いから、始まったんです。げそ天から日用品まで、カタログに掲載した商品は、山形市内ならばどこでも無料で届けています。

名物、できました

— 最後に、グッドデザイン賞受賞について伺います。2023年度の受賞なので受賞後、まだあまり時間を経ていませんが、変化などありましたら教えてください。

遠藤 以前から応募してはどうかと薦めてくれる人がいたりしたので、グッドデザイン賞という賞の存在は、もちろん知っていました。応募のための資料などは、杉の下さんにつくってもらいました。

応募後は、「ベスト100に選ばれたらいいね」と、みなで言っていたのですが、自分は一番上の賞が金賞だと思い込んでいたので、冗談で「金賞を取りたいね」と返していたんです。まさか、本当に金賞をいただけるとは、驚きました。

食品や東北での金賞が珍しいこともあって、受賞後は、取材を受ける機会が増えました。

周りの人たちは、受賞を喜んでくれました。エンドーのお客さんには、取材された新聞などをスクラップしたり、ラミネート加工してくださる方もいるんです。それを持ってきて、見せてくれます。うれしいですね。

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鈴木 山形市の佐藤孝弘市長にも、挨拶に行ったんでしょ?

遠藤 市長からは「名物、できましたね」と言ってもらいました。でも、授賞式では、「グッドデザイン賞にエンドーのげそ天」と地方のスーパーがいきなり紹介されても、会場のみなさんは頭にクエスチョンマークが浮かんでしまうのではないかと心配になって、妙に緊張しました。

そこで、何が受賞理由なのか尋ねたところ、「全部」と返ってきたんです。げそ天そのものから、店づくり、地域への貢献など、エンドーに関する仕組みやストーリーのすべてが抜きん出ていたと言っていただき、うれしかったですね。

小関 グッドデザイン賞への応募を機に、これまでの歩みを振り返ることができました。初期の頃のことなど、普段は忘れかけていたのですが、改めて振り返ると、無理矢理こういう店にしたのではなくて、流れのなかで地道に選んできた結果として、こういう店になっていったのだということを改めて実感することができました。

鈴木 これまでのスーパーではやっていないような、新しいことに挑んできましたが、その一つひとつは、エンドーの事務所で使っていた古い備品を再利用するとか、決して無理してはいないんです。すべて必然なんですね。

― エンドーが地域と歩んできた歴史や関係性を軸に、遠藤さんが目指す方向性とデザインがピタリと重なったからこその受賞と感じます。改めて、遠藤さんにとって、デザインとは何でしょうか。

遠藤 包装紙や看板のように、商業的にアピールするものをつくり出すことがデザインなのかと思っていたのですが、デザインにできることはいろいろあるのだと気付かされました。新しい仕組みを考え出したり、お客さんや町の人が幸せになることを考えていくのも、デザインの仕事なんですね。

うちの場合は、はちゃめちゃだった店の状態を整理整頓することもデザインだったし、げそ天の売り方を考えることもデザインでした。一つひとつの課題を解決していくことで、たくさんのお客さんに喜んでもらえる店になっていく。大きな目標につながっていて、デザインは奥深いと感じました。

鈴木 これぐらいブレイクすると影響力も大きくて、僕らの元にも「エンドーを見ました」というデザインの依頼が舞い込んでいます。これは想像していなかったことですが、そこまできたんだな、と感じています。

― 相乗効果を生みながら、伝播していくのもデザインの力ですね。本日はありがとうございました。

グッドデザイン探訪では、あるテーマを切り口にインタビューや仕事紹介の記事をお届けしていきます。今回のテーマは「クリエイション・ウェーブ」。グッドデザインを紐解くと、一つの「Good」な視点や行動から、次の「Good」へとつながり、波のように連なって具現化していく様子がわかります。新しい発想のモノ・コトが、つながり、できあがっていくまでのストーリーを取材します。


エンドーのげそ天

エンドー/杉の下意匠室

エンドーの「げそ天」は2018年7月より発売開始。エンドーは地域密着型のスーパーで、発売以前は大型チェーン店の進出により経営の危機にあった。おいしく、これまでにない、かつ訴求力の高い商品を世に送り出すことで、スーパーを再生させた。VI、店舗デザイン、商品・サービス開発、パッケージ、イベント企画、プロモーション全般が今回の受賞の対象となっている。https://gesoten.jp


受賞詳細
2023年度 グッドデザイン金賞 げそ天「エンドーのげそ天」 https://www.g-mark.org/gallery/winners/20409

デザイナー
杉の下意匠室


石黒知子

エディター、ライター

『AXIS』編集部を経て、フリーランスとして活動。デザイン、生活文化を中心に執筆、編集、企画を行う。主な書籍編集にLIXIL BOOKLETシリーズ(LIXIL出版)、雑誌編集に『おいしさの科学』(NTS出版)などがある。


竹村晃一

写真家

専門学校でデザインを学ぶなかで写真と出会う。そのまま写真にのめり込み美大へ進学。上京を機に撮影スタジオに就職した後は、主にファッションの撮影やアート作品のアーカイブなどをしつつ、さまざまな表現や領域の隙間からの撮影を試みている。