focused-issues-logo

グッドデザイン賞で見つける 今、デザインが向き合うべき 課題とは

審査プロセスをとおして 社会におけるこれからのデザインを描く、 グッドデザイン賞の取り組み「フォーカス・イシュー」

thumbnail

2025年度フォーカス・イシュー

デザインの自由と解放

半世紀前から「デザインは経営資本」。デザインと経営の幸福な関係とは?──鳥井信吾 × 林亜季

2026.03.05

フォーカス・イシュー・リサーチャーの林亜季は、2025年度の提言として「遠心力の時代に、『求心力』をデザインする」を打ち出した。その提言内容をいっそう深めるべく、対話を打診したのは大阪商工会議所会頭であり、サントリーホールディングス株式会社 代表取締役副会長の鳥井信吾だ。今回は誌面の都合上レポートに載せきれなかったエピソードも含め、対話の様子を全文公開する。


フォーカス・イシュー・リサーチャーを務める編集者/経営者の林亜季が、提言の内容を深めるにあたって話を聞きに行ったのが、大阪商工会議所会頭であり、サントリーホールディングス株式会社 代表取締役副会長の鳥井信吾だ。

日本の経済界を牽引する立場として、抽象的なコンセプトと具体的なものづくりを結びつけ、ビジョンを具現化し続ける鳥井との対話から、日本企業が再びイノベーションを生み出すためのヒントを探る。

創業者が持っていた「デザイン・オリエンテッド」なDNA

 日本の経済界を牽引してきた鳥井さんのこれまでのチャレンジに、デザインはどのように関わってきたのか。またサントリー社内におけるデザイン組織の位置づけや、社員の方々へのデザインリテラシーの伝達についても、ぜひお伺いできればと思います。

鳥井 サントリーの話で言えば、創業者の鳥井信治郎は、非常にデザイン・オリエンテッドパーソンだったことが大きいでしょう。彼は1899年、20歳で会社を創業した時からデザインに対して強い興味と関心を持ち、それが会社の成り立ち、そして組織の出発点として、今もなお影響し続けていると感じています。

それを裏付けるエピソードがあります。創業前の明治30年に、鳥井信治郎の兄で洋酒商の喜蔵の名前で「向獅子」という商標を登録しています。これは典型的なイギリスのお酒のマークですが、明治30年代という、商標登録制度が日本に制定されてからわずか10年ほどの頃のことです。こんな時期から大阪の船場でデザインを商標登録していたというのは、信治郎のデザインへの先見の明、そして進取の気性の証拠でしょう。

images01
大阪商工会議所会頭 / サントリーホールディングス株式会社代表取締役副会長 鳥井信吾

 商標制度が普及していない時代から、商品の品質だけでなく、外観やマーク(デザイン)をブランドの根幹として捉えていたということですね。

鳥井 まさにその通りです。彼は、ブランドという言葉は知らなかったがブランドを作ろうとしていた。お酒や飲料の味や香りと同列にデザインを重視し、ビジネスをやっていこうとしていた。現在のスタートアップと同じで、彼自身が商品開発も、販売促進も、経理も全て一人で担っていたが、ビジネスの出発点からして、既に「デザイン」があった。デザインは顔であり、信用だと知っていたのです。

 創業者自身が、デザインとビジネス全体を統合する役割を担っていた。そのDNAが、サントリーの「デザインを経営資本と捉える」思想の原点だと。

鳥井 ええ。現在まで続く、その後の会社の文化にも強く影響し続けていると思います。

「デザイナー」以外もデザインを決める文化

 創業者の鳥井信治郎氏の時代からデザインがビジネスの出発点にあった結果、組織全体にデザインが深く浸透していたことがうかがえます。

鳥井 サントリーの文化を象徴する例として、C.C.レモンという炭酸飲料を作った中嶋悦子さんという女性技術者の話があります。彼女は技術畑で中味の開発一筋でしたが、C.C.レモンを作る際、ビタミンCの量を倍にしたことから「C.C.」というネーミングを提案しました。また、パッケージの色についても、当時のデザイナーが持っていたノートの色を見て、「黄色ではつまらない。この赤みがかったクロームイエローでやろう」と、彼女自身が色まで考えた。

ネーミングは宣伝部、デザインはデザイナー、中味は技術者という通常の役割分担を超えて、全体の構成を考える自由が当時のサントリーにあった。専門家ではなくても、世の中の状況を把握した上で、デザインの方向性を決めることができる。これが、鳥井信治郎の時代から続く「背景にあるものを把握する自由」というサントリーの文化かもしれません。

 文脈のデザインと言いますか、プロセスの上流工程からデザインが深く関わってくるわけですね。

images02
2025年度グッドデザイン賞 フォーカス・イシュー・リサーチャー 林亜季

鳥井 はい。社内で自由闊達に議論ができ、アイデアが遮られずに出てくる文化こそが大事です。「自分が偉いからデザインを任せろ」とか、「言った通りにデザインしろ」といったやり方では、会社も世の中も長続きしないような気がします。

この文化は脈々と続いており、例えば10年ほど前には、当時のデザイン部長がデザイン部のオフィスレイアウトをすべて変えました。今でいう「共創」が生まれやすいような談話室を作り、そこにデザイナーだけでなく、技術者、マーケティング、営業、誰もが立ち寄れるようにしたのです。デザインセクションは、ものづくりのコンセプトと実物をつなぐ媒介者として、経営側でもものづくり側でもなく、真ん中ぐらいにいて全てをつなぐ機能を持っていたほうが都合がいいからでしょうね。

デザインはコストセンターではない

鳥井 私が入社する前の話になりますが、デザイン室は当時の社長であった佐治敬三の直轄部署でした。社長直轄といえば社長室や経営企画室が普通ですが、デザイン室が直轄だったのです。

 70〜80年代前半頃に、大企業がデザイン組織を役員直轄にするというのは、非常に先進的ですね。

鳥井 しかも、佐治敬三はデザイン室の部長たちと個人的にも親しく、頻繁に会っていました。彼はデザインの専門家ではないから、口出しはしません。ただ、彼らと会うことで、クリエイティブな雰囲気に触れたいという気持ち、新しい違う視点でものごとを見られるようになりたいという気持ちがあったのだと思います。現会長の佐治信忠もデザインには注力していました。

 デザインを経営資本として重視し、インハウス化されてきたのですね。

鳥井 きっとそうでしょう。デザインを経営理論としてではなく、直感的にわかっていたのだと思います。現代日本のようにデザインがコストセンターとみなされ、コストカットの対象となりがちな状況とは対照的です。

サントリーの歴史的な挑戦——例えばビール事業に60年以上投資し続けたことの根っこや原動力にも、経営層がデザインを信じ、投資してきたことと通ずると思います。日本のウイスキーが世界で存在感を示したことにも、デザインはセットになっていると感じています。

例えば「山崎」のラベルの文字は、佐治敬三が自ら書いたものです。日本語の漢字を大きくラベルに描くという発想は、当時としては世界にもなかった大胆なものでした。やはりデザインは信用力ですね。

現物主義が生む「経営とデザイナー」の密な距離感

鳥井 サントリーにはたくさんのデザイナーがいますが、とにかく現物主義です。CGやAIを使えばバーチャルに作れますが、基本はできる限り実物のモノを作って議論しています。手で持った時の触感や重さも重要です。パワポの資料だと人の目は輝きませんが、現物を置かれた時にようやく人は目を輝かせます。私たちは現物を売っているわけですから、お客様が現物を目の前にして買うのと同様に、社内でも現物で話すことが大切です。これは、味や香り、触感でも同じですね。

例えば、かつてグッドデザイン賞を受賞した、緑茶飲料「伊右衛門」の竹筒を模したペットボトル。当時、日本では基本的に同じ形のペットボトルしか作られていなかった中で、デザインの力で新しいことを「やってみなはれ」と実践した例です。

 経営とデザインの距離が非常に近く密接なこと。加えて、経営者と商品の距離が短い。これが革新的なデザインを生み続ける原動力になっているのですね。

鳥井 抽象的なコンセプトと具象的なものづくりの距離がぐっと近い。経営者は、「現場の現実はこうである。しかし、私の理想はこうだ」という両極を把握し、その距離を縮め、統合する。この行為は、いわゆる絵ではありませんが、一つのデザインになっている。ヘンリー・フォードやスティーブ・ジョブズのように、デザイナーが本来すべき、抽象と具象を一致させる仕事をやっているわけです。

 それから「現場」という意味で是非ともお伺いしたかったのが、先の大阪万博についてです。鳥井さんは、万博に50数回行かれたほど大変な熱意を注がれたと伺っています。万博という場はまさに最大規模の「具象」の「現場」だと思いますが、デザインという面では、万博は人々にどのような影響を与えたとお考えでしょうか?

鳥井 50回というのは博覧会協会の副会長だったこともあります。大屋根リング一つとっても、最初はさまざまなことが言われましたが、大屋根リングは建築というより現代美術ですね。万博会場には現代美術的な表現が多くありました。例えば、大阪ヘルスケアパビリオン付近に設置されたオオカミの椅子(Wolf Bench)を見られたと思いますが、パブリックアート的なものもそうです。

世界158カ国が参加し、文化芸術、環境と先端技術、ウェルネスといったテーマを、各国が工夫を凝らした展示や建築物で表現しています。それぞれの国のパビリオンに入ると、色彩や日本とは違うデザインがパッと目に入ってきます。

多様なデザイナーの集合体である万博は、否応なしに人々の目に飛び込んできます。延べ2,900万人が、こうしたデザイン的なものに触れたということは、目に見えない非常に大きな影響を与えているのではないかと感じています。

 万博によって、デザインの価値がいっそう社会に広がっていったということですね。今回、鳥井さんのお話全体を通じて浮かび上がってきたのは、デザインを単なる装飾ではなく、経営と現場、そして社会をつなぐ「現物主義の思想」として捉えること。この哲学こそが、日本企業が不確実な時代を生き抜き、革新を生み出し続けるための普遍的なヒントだと感じました。今日はありがとうございました。

images03


鳥井 信吾

1983年サントリー入社。02年、3代目マスターブレンダーとしてウイスキーの品質向上に貢献し、14年サントリーHD副会長。関西経済同友会代表幹事などを経て22年大阪商工会議所会頭に就任。「やってみなはれ」の精神で、関西の経済・文化・地域振興を牽引する。


林 亜季

編集者/経営者 株式会社ブランドジャーナリズム代表取締役

2009年、朝日新聞社に記者として入社。2017年、ハフポスト日本版チーフ・クリエイティブ・ディレクターに就任。翌年、Forbes JAPAN Web編集長に就任。2020年、株式会社アルファドライブへ。同社執行役員統括編集長、NewsPicks for Business 取締役などを務めた。2022年、株式会社ブランドジャーナリズム設立、代表取締役に就任。ビジネスマガジン『Ambitions』元編集長。


長谷川リョー

ライター

文章構成/言語化のお手伝いをしています。テクノロジー・経営・ビジネス関連のテキストコンテンツを軸に、個人や企業・メディアの発信支援。主な編集協力:『10年後の仕事図鑑』(堀江貴文、落合陽一)『日本進化論』(落合陽一)『THE TEAM』(麻野耕司)『転職と副業のかけ算』(moto)等。東大情報学環→リクルートHD→独立→アフリカで3年間ポーカー生活を経て現在。


進士三紗

フォトグラファー

1998年京都生まれ。京都市立芸術大学を卒業後、アーティストとして作家活動を続ける傍ら、フリーランスフォトグラファーとしてクライアントワークも行う。


小池真幸

エディター

編集者。複数媒体にて、主に研究者やクリエイターらと協働しながら企画・編集。