今回のお訪ね先
株式会社カブ・デザイン
デザインが樹脂の可能性を広げる (後編)
2024.10.10
2018年度のグッドデザイン・ベスト100に選ばれた、調理できる器「9°(クド)」。使い捨てにされることの多い樹脂(プラスチック)の価値を向上させたい、という思いから始まったプロジェクトです。樹脂の機能は生かしつつ、樹脂の新たな表情を引き出し、ファンを獲得しています。なぜそれができたのか。カブ・デザインの齋藤善子さん、一戸樹人さんに、発想の源と彼らのデザインワークについて語っていただきました。 前編はこちら
育成まで見据えた4つのデザインプロセス
— カブ・デザインは、デザイン会社でありながら、ブランド9°(クド)は販売まで担っています。色や形をデザインするだけでなく、プロジェクトを企画から考え、さらにどのようにユーザーに届けるかまで視野に入れている。企画、開発、販売までのすべての工程を実践していくというのは、新たなデザイン領域だと感じます。なぜそれができたのか、ベースとなるカブ・デザインの活動について伺いたいと思います。
齋藤善子(カブ・デザイン CEO) 確かに9°をプロダクト単体の視点で見るだけでは、なぜこういうものが生まれたのかわからないかもしれませんね。私たちのデザインやものづくりに対する姿勢、ネットワークなど、9°だけじゃない活動のすべてが9°につながっているからです。
一戸樹人(カブ・デザイン デザイナー) カブ・デザインは、クライアントデザイン事業として、プロダクトデザインを軸に、自社商品を開発したい企業さんに向けて「デザイン伴走支援」を行っているのです。
— 近年、中・長期的に課題に向き合い、仕組みも含めて構築していく「伴走支援」が注目されています。デザインにおいてこれを実現するには、どうすればよいのでしょうか。
齋藤 私たちは、自社で開発したスキーム「4フェーズ・16プロセス」を活用して行います。「計画」「開発」「発信」「育成」の4フェーズごとに4つのプロセスを設定し、持続的な成長を目指していきます。ものづくりの、その先にあるブランド育成までのデザインを実践し、そのブランド「らしさ」を醸成していくのが私たちの仕事領域なのです。
齋藤 グッドデザイン賞で9°は、「素朴で美しく、樹脂製の器の新しい可能性を予感させる」というコメントとともに、「独自のレシピをウェブで公開するなど、製品が完成して終わるのではなく、継続的にブランドを育てる取り組みも評価したい」と、育成の部分を評価していただきました。
一戸 手がける分野としては大きく分けると日用品と産業機器で、日用品では家具やキッチン用品などをデザインしています。産業機器ではオフィスビルのエントランスに設置するオフィスゲートや、道路工事で使用する地中レーダー、清掃ロボットなどをデザインしてきました。また2017年より、二つのプロダクトブランド事業を始めました。
一つがこれまでお話ししてきた9°で、もう一つが足立道具店という、日常にあるようなものを足立区の職人とつくりあげていくブランドで、これも販売まで行っています。
— 齋藤さんは、9°のほか、外部デザイナーとしてこれまでに2度、グッドデザイン賞を受賞した製品を手がけています。
齋藤 オフィスゲート「SG-Center Flap1500」(日本信号)は、2007年にグッドデザイン賞をいただきました。機器としての機能はもとより、オフィスゲートは企業の「門」となるエレメントでもあるので、洗練されたビルやオフィスに溶け込むデザインとなることを考えました。
齋藤 2010年には、川口の鋳物製鍋「KAWAGUCHI i-mono HOTPAN」(伊藤鉄工)が受賞しています。こちらは毎日の生活のなかでたくさん使ってもらえるように、コンロやオーブン、食卓に置いてもおいしそうに見えるフォルムにこだわりました。
— 鍋からインフラまでとは、幅広いですね。同じ分野で経験を重ねるよりも、異なる分野にトライしていくことが多いようですが、その分、苦労も多いのでは?
一戸 それはあまり苦にならないですね。もちろん素材や技法など、専門的な知識は必要ですし勉強もしますけれど、やりたいことをどう形にしていくかという基本の部分は変わらないからでしょう。
デザインへの不信感
齋藤 現在、デザインのご依頼をいただいた際は「4フェーズ・16プロセス」をお伝えし、全体の開発スキームを共有するところから始めています。なので、クライアント企業さまのほうでも、自社がどの領域に、何のために投資するのかを納得していただける場面が多くなってきたと感じています。
またB to CとB to Bでは、お客さまに届くアプローチは異なるので、その出口を意識しながら開発しなければなりません。いつもご依頼をいただいたプロジェクトに対して、「デザインの役割」とカブ・デザインがやるべきことを必死で考えています。
一戸 B to BとB to Cのデザイン開発を担い、ブランド9°を成長させてきた経験が生きています。
齋藤 かつてカブ・デザインは私一人で活動していたのですが、その当時はデザインというものに対して不信感を持たれているような懸念がありました。企画を企業に提案しようとしても、デザイナーはただ絵を描いて「こんなものができます」と言うだけだろう、何もわかっていないデザイナーに何ができるのだと、信頼されていないと感じるケースも少なくなかったからです。
— 自社商品は、さまざまな工程を経てできあがります。それぞれが自分の仕事を担っていくなかで、デザイナーがものづくりの根っこの部分からユーザーのことまで視野に入れてデザインしているとは、なかなか想像できないのかもしれません。
齋藤 それが現実なのかと思いながらも、コツコツと活動を続けていたのです。でも一戸が入社し、9°をブランドとして立ち上げ、足立道具店が始まり、販売実績をつくりながら発信し始めていくと、少しずつ周囲も変わっていきました。
プロジェクトのメンバー間でゴールを共有し、コミュニケーションを重ねてどんどん仲良くなっていくことが、不信感から信頼感への変化をもたらした要因だと思います。
足立区は一つの大きな町工場
— 9°に取り組む一方で、職人と日用品を開発する足立道具店を始めた理由を教えてください。
齋藤 一番の理由は、足立区に長く住んでいるからです(笑)。足立区でものをつくり続けたいという気持ちが強かったんですね。このオフィスは、金属加工の福澤製作所の2階を間借りさせてもらっています。福澤製作所さんとは、いろいろなプロジェクトのデザイン試作を制作してもらう関係もあり、長くお付き合いしてきました。
福澤製作所さん含め、足立区の製造企業さんたちのものづくりの技術は、本当にすごいのですが、OEM製造やパーツの製造などに携わっていることが多く、なかなか公に発信できない。何とかしたいと思っていたのです。
一戸 足立区は町工場のようにものをつくれる現場が2000以上ある地域なんです。東京では大田区に次いで工場の数が多いんです。
齋藤 例えば鯖江(福井県)のメガネや燕三条(新潟県)の生活用品など、何かに特化した産地は多々ありますが、足立区は多様で、金属、樹脂、革、パッケージなど、さまざまな工場が稼働しています。だからさまざまな素材と技術を組み合わせた部品の加工から、組み立て、仕上げ、梱包まで、すべての製造工程をここでやることができる。一つの大きな町工場のよう、それが足立区の魅力です。
フラットな関係でのものづくり
齋藤 足立道具店では、工場がもっている技術力や素材の特性、職人やクリエイターの思いを理解して、ものに反映しています。そこに職人もクリエイターもフラットな関係で、一緒につくっていきながら、足立道具店というブランドはできあがっていきました。ものをつくって売ることが基本ですが、関係性をつくりだしている、ものづくりでもあるのです。
齋藤 仕事を出す先、受ける先だけではない、フラットな関係性のなかでものをつくっていくのは、すごく楽しいことなんです。私たちは、根っからつくるのが好きなんですね。ただ、売らないとつくれないので、つくりたいから売っていると言えるかもしれません。
— その資金調達から行っているのですね。どういう商品にするか、選定はどうやって決めているのですか?
一戸 日常で長く愛用できる道具で、奇をてらったものではなく、簡素で丈夫、普通なんだけど質がいいものを考えています。
ハンガーやS字フックなどは、普段は日の当たらないプロダクトです。足立区の工場は有名なブランドのOEM生産を担っていたりしますが、それで注目されることはない。足立区のものづくりと日用品は、そんなところが似ていると思いました。
一戸 実際に工場を見させてもらい、そこで職人がつくっているものから発想します。金属の棒を曲げてリング状のものをつくっているのを見たときに、カラビナができるのではないかと考えつきました。
— 工場とのネットワークを築いているのですね。それが発想の源になっている。何社ぐらいの工場と、やりとりしているのですか?
一戸 現在、足立道具店では、製品の加工からパッケージ、印刷まで含めると12社ほど関わっています。普段からやりとりをしている工場は20社以上あるでしょうか。
暮らしをアップデートさせる日用品
— なるほど、普段からものをつくる現場とつながっているので、何か新しいことができないかと相談をもちこまれた時、「あそこの技術を使えばできるかも」と解決の糸口を見つけられるのですね。
一戸 そこがカブ・デザインの強みです。日常的に工場とやり取りをしているので、話が早いですね。足立道具店のバイヤーも工場に招いて、どういう工場でつくっているのか、ものづくりのストーリーも伝えています。それが販促にもつながっているんです。
— 日常で使っている何気ない道具を上質なものに変えていくと、暮らしも少し変化しそうな気がします。
一戸 ほんの少し、暮らしがアップデートされるというか、こだわって選んだ道具が身近にあるとうれしいですよね。カラビナをつくったときは、板厚や大きさなどさまざまに変えながら、工場で試作品をつくって、最終的には手に持ったときの握り心地のよさなどを基準に決定しました。
齋藤 開閉部と本体がフラットになっているとか、刻印する位置とか、細部のこだわりというか、ちょっとしたことへのこだわりが詰まっています。
一戸 日用品は百均で事足りる、と思う方も多いでしょう。あの値段でつくれるのはありえないぐらいすごいことだけど、一方でこだわってつくったものがあってもいい。
一戸 だからものの背景も見えるように伝えているんです。ものを選ぶときに、こだわって選ぶ。日常からこだわって使っているという感覚をもってもらうことが、足立道具店のプロダクトの使命といえるかもしれません。
— こだわった道具を取り入れることで、日常の風景は変わります。これは9°にも通じるものです。
齋藤 9°は実際に使ってくれた方がファンになって、SNSで9°のレシピや使い方を発信するなど、広めてくださっています。時間はかかると思いますが、今後は色やサイズのバリエーションなどの展開も考えているところなのです。
どうやって広めるか、デザイナーから考える
一戸 でも、そこに行き着くまでは大変でした。製造業で販売の機能はもっていない場合は、営業の壁にぶちあたる。デザインはできる。形はできてつくってもらうこともできる。けれども、それをどうやって世の中に売っていくかは難しい課題で、かなりの努力が必要です。
それをわかってデザイナーはデザインしなければならないし、企業にもそれを伝えて意識しながらブランドをつくっていくことが必要です。
齋藤 ただ、まだまだ伝え方は、向上させていかなければならないと思っています。9°はグッドデザイン・ベスト100に選ばれたことが後押しとなりましたが、販売につなげていくにはハードルがありましたし、時間もかかりました。私たちからもっと発信しなければならない。これからデザイナーにとって「伝える力」はますます必要になっていくと思います。
— 「デザイナーを起用して新たなブランドを確立しました」、で終わるような単純なことではないのですね。
一戸 「デザイナーに頼んでつくってもらえば、売れるようになるだろう」では、デザイナーはつらい。見えないところでこれだけがんばらなければいけないという現実を踏まえながら、一緒にがんばっていこうと考える企業だとコラボレーションがうまくいくのだと思います。
齋藤 一緒に苦労し、フラットに向き合える関係性があれば、そのものづくりは、きっと楽しいものになります。
— ものづくりは人とつくるものであり、デザイナーはものづくりの人と人を結ぶ役割も担っているということですね。9°にある温もりの理由が見えてきたように感じます。本日はありがとうございました。
9°(クド)U90、U150
株式会社カブ・デザイン
冷蔵冷凍保存や、電子レンジや蒸し器での加熱調理、食洗機にも対応する耐熱樹脂製の器である。 長く使えるにも関わらず使い捨ての素材となっているプラスチックの価値を高めるために、愛着をもって使ってもらえるプロダクトを実現。デザイナーと技術者が連携し、独自の新しい素材を開発するところから始めた。現在はデザイナーが販売促進を担い、9°を通した体験価値を提供する新たなビジネスモデルを構築している。
- 受賞詳細
- 2018年度 グッドデザイン・ベスト100 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dee09ca-803d-11ed-af7e-0242ac130002
- ディレクター
- 株式会社カブ・デザイン 齋藤善子(ブランドディレクション)
- デザイナー
- 株式会社カブ・デザイン 齋藤善子(プロダクトディレクション)+株式会社PORT:大竹雅俊(VIデザイン)
石黒知子
エディター、ライター
『AXIS』編集部を経て、フリーランスとして活動。デザイン、生活文化を中心に執筆、編集、企画を行う。主な書籍編集にLIXIL BOOKLETシリーズ(LIXIL出版)、雑誌編集に『おいしさの科学』(NTS出版)などがある。
白石ちえこ
写真家
町主催のモノクロ引き伸ばし講座を受講したのがきっかけで、写真を始める。写真家助手を経て、暗室で作品制作をしながら雑誌等の撮影を中心に活動している。
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