「よいデザイン」がつくられた 現場へ
よいデザイン、優れたデザイン、 未来を拓くデザイン 人々のこころを動かしたアイデアも、 社会を導いたアクションも、 その始まりはいつも小さい
よいデザインが生まれた現場から、 次のデザインへのヒントを探るインタビュー
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今回のお訪ね先
VUILD株式会社
デジファブで建築世界を変革する(前編)
2025.02.21
ものづくりを加速させると注目されるデジタルファブリケーション(デジファブ)。特に建築分野での広がりは、目覚ましいものがあります。今回は、先進事例をつくり出している建築集団VUILD(ヴィルド)を訪ねます。2020年度グッドデザイン金賞に選ばれた宿泊施設「まれびとの家」は、地域の木材をデジタル切削加工機で精緻にカットし、プラモデルを組み立てるようにつくりあげた意欲作でした。創業者の秋吉浩気(こうき)さんは「建築の民主化」を実践し、誰もがつくり手になれる社会の実現に向けて、大胆な実践を続けています。見据えているのは、日本の建築産業を変えていくこと。それは創造性が伝播していく活動でもありました。
プロダクトのように建築をつくる
ー 総務省の定義によると、デジファブとは「デジタルデータをもとに創造物を制作する技術」。3Dプリンタや3Dスキャナ、CNCミリングマシン、ロボットアーム、センサなどさまざまな機器が用いられます。このデジファブを駆使するVUILDは、これからの建築を変えると期待されています。本日は多岐にわたる活動について伺いたいと思います。
秋吉浩気(VUILD代表取締役) VUILDは2017年に起業した、誰もがつくり手になれる社会の実現を目指す建築デザインスタートアップ企業です。活動の中心に据えたのが、アメリカのショップボット社が製造しているデジタル切削加工機「ShopBot」でした。
2D、3D切削のためのソフトウェアがセットになっており、簡単操作で誰もがアイデアをすぐ形にできる機械です。高性能なのに比較的リーズナブルで、DIYの盛んなアメリカでは、個人が所有してガレージに置き、趣味の範囲で使っています。野球のスコアボードや演劇の大道具をつくったりするんです。
秋吉 これを輸入販売する事業を始め、森林資源が豊富な中山間地域に導入しています。同時に、データさえあれば誰でも家具や建築をつくれる、自律分散型のネットワークを構築しています。
どこでも誰でも、自分たちの地域の材料を使って、自分たちの生活に必要な家具や建築を、自分たち自身でつくれる世界を実現したいと考えているからです。
— その事例のひとつとして設計されたのが、2020年度にグッドデザイン金賞を受賞した「まれびとの家」です。審査委員から当時「プロダクトのように建築をつくる」「建築の機動力を高める新しい活動」と評されました。
秋吉 「まれびとの家」は人口約600人の富山県の山深い集落で、「まれに訪れる人たち」のための宿泊施設として設計しました。日本では、中山間地域の限界集落の人口減少が進み、移住者の獲得に躍起になっています。けれどもなかなか思うようにはいっていません。
コロナ禍で、さまざまな場所でリモートワークが実施されましたが、家と宿泊所の間のような住居の保有方法はできないだろうかと考えたのです。そこで、クラウドファンディングで賛同いただいた出資者とこの集落の住人である上田英夫さん・明美さん夫妻と共同で保有するかたちを考え出しました。
秋吉 限界集落では、資源が有効活用されていません。しかもただ同然のようにみなされています。この地域には世界遺産に登録されている伝統技法の合掌造りの五箇山集落があります。そこで合掌造りを現代的に再解釈しアップデートを試みました。小さく軽い部品で構成できるよう設計することで、多くの人が参加でき、骨組み(上棟)は1日でできあがります。
— つまりデジファブのケーススタディとして秋吉さんが発想し、地域や市民を巻き込みながら生まれたプロジェクトなのですね。機械を近くの製材所に導入して加工しているので、地域経済を循環させることができ、輸送コストはかからず環境負荷も低減できます。
課題解決ではなく、ポジティブな提案からの変革
— 秋吉さんは、芝浦工業大学の建築学科を卒業後、慶應義塾大学大学院の政策・メディア研究科に在籍されました。デジファブはこの大学院時代に学ばれたのですか?
秋吉 3Dプリンタを開発している研究室に所属していました。当時、デジタル工作機械を使う人々が集う国際カンファレンスに参加したのですが、世界の議論の中心は、いかにローカライズするかということでした。
全世界に共通の機械が導入されたとしても、そのアウトプットは均質化に向かうのではなく、むしろ地域性・固有性と向き合うべきであろう、と。そこにはモダニズム・グローバリズムと同じ轍は踏まないという明確な意思がありました。
秋吉 そこから、砂漠の砂を太陽光で固めて出力したり、土を射出しながら出力できないかといった、地域ごとの素材に注目が集まり始めていました。日本は国土の2/3が森林です。例えばイギリスで木材を使う場合は、オーストリアから輸入しベルギーで加工するといったケースが多く、木材は身近ではありません。
そのときに「日本には桜の木など、さまざまな木がすぐに手に入っていいね」と参加者に言われました。それで改めて日本の森林資源は、ローカルな材料として優位性があることに気づいたのです。
— 木造建築、木質建築は、近年、世界的にも注目されてきています。一方で、日本の山の木の価格は一定でなく、伐採、製材、加工、運搬などのプロセスも地域により不透明なところがあり、それが足枷となって資源が十分に活用されていないという現実もあります。新規に参入するにあたり、障壁はありませんでしたか?
秋吉 そうした課題解決という発想からは入っていないのです。地域の木工所や製材所を訪ねて、こんな機械があるが興味はないかと声をかけました。すると「うちにある材料でこんなことはできないか」と、可能性を感じさせる反応が返ってきたのです。つくることへの手応えを感じたのがきっかけでした。
なぜ彼らが加工に興味があるのかというと、木材を材料として販売しているだけでは、もはや事業として成り立たなくなってきているから。加工して付加価値を付け、家具などにして販売することで、利益率を上げていきたいという考えがあるからです。通常は輸送費をかけて地域外の加工所に依頼するところ、デジファブならば、その場でつくりたいものがつくれます。コスパよく事業にすることができるので、次々声がかかったのでしょう。
— なるほど。地域の課題に切り込むとなると反発も生じますが、「こんなことができる」とポジティブな姿勢で投げかけたから賛同され、利用者が拡大していったのですね。木材が広域で効率的に使われるようになれば、森の活性化も促されるようになります。
秋吉 ShopBotは現在、日本で250台以上が稼働しています。僕らがやっていることがきっかけで産地が活性化すれば、やがては林業の課題を解決できるようになるかもしれません。
産地に新しい機械が入れば、若い人が就職してその機械を使い始めるでしょう。林業や製材の仕事も長らく人材不足ですが、魅力ある職業として若い人が入っていくようになるかもしれない。地域産業を活性化できるエンジンとして有効なのではないかと考えています。実際にこの数年で、この分野に面白い人たちが増えてきているのですよ。
建築にオーナーシップをもつ余白を入れる
— 「まれびとの家」や「小豆島 The GATE LOUNGE」では、地域の人々が建築に参加しています。コスト削減や効率化だけでなく、建築を体験できる貴重な機会にもなっています。
秋吉 村人や関係者と一緒につくるというのは、市民社会とのつながりを意味します。地域の木材を使う建築プロジェクトに参加し、自然とつながり、地域社会とつながる。何かとつなげていくのが、僕らの強みでもあるのです。
秋吉 建築にオーナーシップを持ってもらうことを重視しています。建設資金は、デベロッパーが負っていても、実際に使うのは市民や市井の人々です。そこに関われるような余白を建築をつくる過程で入れることができれば、できあがった後も、その建物を自分たちのものとして関わっていけるようになるでしょう。自然とその仕組みができていることが、プロジェクトとして大きいのではないかと考えます。
人に依存しないためのプラットフォーム
— 数値制御(NC)技術で加工ができる切削機械(NCルーター加工機)は、これまでも日本の工場で使われてきました。ただしそれは職人しか使いこなせなかった。ShopBotは誰もが使えるそうですが、そこに従来品との違いがあります。
秋吉 コンピュータ制御を搭載しており、より高度な切削機械(CNCルーター加工機)でありながら、扱いやすく、敷居はぐんと下がっているのです。また、僕ら自身がこの機械を一番使いこなして理解しているので、機械の導入にあわせて、使い方の研修も行っています。
そもそもの設計思想がこれまでのものと違うのです。機械そのものがバラバラのパーツで届くので、僕たちは組み立てから配線まで、お客さんと一緒に行っています。だから何かトラブルがあったり故障したりしても、自分で直せるのです。
— 通常、専門性の高い機械は販売店が管理するので、機械はブラックボックスになってしまいます。
秋吉 この機械にまつわるノウハウをオープンにして、誰でも扱えるようにしていきたいと考えました。また誰でも扱える機械になっているとはいえ、やはり経験を積んでいかないと、オペレーターとして務まらない。それでは、せっかく技術を身に付けても、その人が辞めてしまったら動かせなくなってしまいます。それならば、人に依存しないですむシステムをつくろうと考えたのです。
そこで開発したのが「EMARF」(エマーフ)という、設計と施工をシームレスにつなぐプラットフォームです。「FRAME(既存の枠組み)」という言葉を逆さにした造語で、製造の仕組みやプロセスをひっくり返し、より開かれた、利用しやすい形に変えていくというコンセプトを込めています。
EMARFには、職人が身に付けてきたようなデータ作成のコツはいりません。木材をどうカットしたいのか、設計データを入れるだけで、材料を並び変えて機械を動かすマシンコードまで自動で出てきます。これにより、本当に誰でもつくれるようになるのです。
— 機械というハードだけでなく、動かすためのソフトも同時に開発されたのですね。
秋吉 ほとんどの機械は山村に置かれています。一方で、設計者などつくりたい人は街中にいる。そこをつなぐのはインターネットしかないと考え、ウェブサイトで受発注できるプラットフォームも同時につくりました。
全国各地、この地域のこういう材料で、いくらの機械加工料でつくるか、自分でアクセスできるようになっています。EMARFにアクセスすれば、機械を買わずとも製造する能力を手にすることができるのです。
— それは、建築やものづくりの民主化と言えますね。
秋吉 今、建設業界全体が人材不足に陥っており、80年代に80万人いた大工が2030年には20万人を切ることが予想されています。つくれる人がいなくなっているという意味では、より挑戦的なデザイン、複雑なデザインをつくれる人もいなくなることを暗示しています。でも、EMARFを使って工場生産すれば、現場で加工する期間を短くできるので、工期の短縮が可能で、複雑なことにも挑めるようになるのです。
表現性が高いデザインは、費用も高くなりがちですが、EMARFを使い金額を検討しながら部品を確保し、現場の施工工数を減らしたり調整したりすることもできます。実際に、組織系の設計事務所やゼネコンのプロジェクトなどもEMARFのプラットフォーム上ですでに稼働しているのです。
クリエイティブが連鎖する波を起こす
— デジファブの源流として、アルゴリズムを利用したパラメーターで3Dモデルをつくるパラメトリックデザインがあります。CADとCNC加工技術を駆使して複雑な曲面を実現したフランク・ゲーリー設計のビルバオ・グッゲンハイム美術館や、ザハ・ハディッド建築事務所、フォスター+パートナーズの仕事などが知られています。
このデザイン手法で建築や都市は自由な形状を手にしました。同様に、デジファブにより、自由なデザインは加速するのでしょうか。
秋吉 そうですね。自由な形態をつくりたいと考えたときに、それをつくるために必要なつくり方を僕らで提供するので、そうすると予算に収まるかたちで着地させることができるでしょう。
— 東京学芸大学のキャンパス内に設計・建設した「学ぶ、学び舎(HIVE棟)」で2024年2月に「みんなの建築大賞」を受賞されました。学生や教職員、地域社会に開かれた施設で、意図的に未完成にしたそうですね。
秋吉 この建築は、教材としても活用できる実験的な存在を目指し、利用者自身が拡張していくオープンエンドな場として設計しました。創造していく教育プログラムを実践する、デジタルファブリケーション工房なのです。
「まれびとの家」は、50平米の小屋レベルの建築でしたが、東京学芸大学は300平米の規模にまで拡大しています。ここではコンクリートの型枠づくりに挑んでいます。コンクリートの型枠を自由にデザインできれば、コンクリートが安価に、自在につくれるようになるからです。
秋吉 これはCLT(直交集成板)を型枠として使用した鉄筋コンクリート構造で、CLTパネルの加工はすべてVUILDの自社工場で行いました。通常のコンクリートシェル工法に比べコンクリートの使用料は60%削減し、6割の金額に収めることを実現しています。
— VUILDの建築事例が、そのままデジファブの可能性を示唆しているのですね。
秋吉 VUILDはただのプラットフォームではなく、プラットフォームを使って自分たちで事例をつくることで、そのプラットフォームを使いたい人にインスピレーションを与えているのです。クリエイティブがほかの人に波及し、そこで影響を受けた人たちから、僕らもできないだろうかと訪ねてくる、そういう歯車を回すことを意識して活動しています。
— 古の人々は、小屋を自分でつくりました。秋吉さんの活動はそれを思い出させます。建築を人々の手に取り戻す、あるいは、建築業界に残る古い慣習や閉鎖性を打ち破り、建築との関わり方を変える突破口にもなりえる。大きな変革の可能性を秘めつつも、活動体としてのVUILDはしなやかです。
秋吉 会社を1本の木にたとえているのですが、今は枝葉が伸びている感触があります。どんどん分岐して、どんどん広がっているというか。
「誰もがつくれる」「地域の中でつくれる」というのがこの木の根幹にあり、ShopBotという機械が売れれば売れるほどユーザーは増え、根っこは張ってきます。枝葉として自分たちの事例が増え、テンプレートができれば枝葉がどんどん分かれていく。他の設計者がつくるもののデザインに、デザインサポートとして僕らが入っていくプロジェクトも発生しています。まさにクリエーションの連鎖によって、波を起こしていくという活動を意図して展開しているのです。
— それにより、現在の社会課題にも対応していくことができる。
秋吉 領域を絞りすぎないことはスタンスとして重要で、枝葉を伸ばして接点を持っていけばいくほど、世の中の多様なニーズや状況に対処できるようになると考えます。
学芸大学の事例のように、つくり方を変えれば、コンクリートの使用量やカーボン(二酸化炭素)の排出量は劇的に減らすことができます。これと同じ眼差しで、より巨大な、例えば高層ビルを手掛けることも不可能ではありません。
高層ビルはカーボン排出量の塊ですから、ものすごい量を削減できるでしょう。小さなプロジェクトで実践した視点や強みを、大きいプロジェクトに参入して変革していく。それが建築家として課された最大のミッションだと思っています。
— ありがとうございます。後編ではその建築の未来をどう変えていきたいのか、最近のプロジェクトを交えて語っていただきます。
クリエイション・ウェーブ グッドデザイン探訪では、あるテーマを切り口にインタビューや仕事紹介の記事をお届けしていきます。今回のテーマは「クリエイション・ウェーブ」。グッドデザインを紐解くと、一つの「Good」な視点や行動から、次の「Good」へとつながり、波のように連なって具現化していく様子がわかります。新しい発想のモノ・コトが、つながり、できあがっていくまでのストーリーを取材します。
まれびとの家
VUILD株式会社
デジタルファブリケーション技術を導入した、クラウドファンディングによる共同保有型の宿泊施設である。人口約600人の村で地場の木材を活用し、「観光以上移住未満」の感覚で人々が継続的に山村を行き来するような暮らしを提案。木材調達から加工・建設までを半径10km圏内で完結させることで、林業の衰退と限界集落化の課題に挑んでいる。
- 受賞詳細
- 2020年度グッドデザイン金賞 https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e34f37b-803d-11ed-af7e-0242ac130002
- デザイナー
- VUILD株式会社 秋吉浩気、黒部駿人、高野和哉、小川幸起、加藤花子(設計)+yasuhirokaneda STRUCTURE 金田泰裕(構造)+DE.Lab(環境)
石黒知子
エディター、ライター
『AXIS』編集部を経て、フリーランスとして活動。デザイン、生活文化を中心に執筆、編集、企画を行う。主な書籍編集にLIXIL BOOKLETシリーズ(LIXIL出版)、雑誌編集に『おいしさの科学』(NTS出版)などがある。
益永研司
写真家
六本木スタジオ、ナカサアンドパートナーズを経て、2013年益永研司写真事務所を設立。建築・インテリア・デザイン・ランドスケープなどの被写体を中心に、雑誌、広告全般などさまざまなジャンルで活動している。