「よいデザイン」がつくられた 現場へ
よいデザイン、優れたデザイン、 未来を拓くデザイン 人々のこころを動かしたアイデアも、 社会を導いたアクションも、 その始まりはいつも小さい
よいデザインが生まれた現場から、 次のデザインへのヒントを探るインタビュー

今回のお訪ね先
VUILD株式会社
デジファブで建築世界を変革する(後編)
2025.03.25
デジタル技術を駆使し創造物を制作するデジタルファブリケーション。建築集団VUILD(ヴィルド)は、デジファブで精緻に木材をカットしプラモデルを組み立てるようにつくりあげた「まれびとの家」で、2020年度グッドデザイン金賞に選ばれました。創業者の秋吉浩気さんは「建築の民主化」を実践し、誰もがつくり手になれる社会の実現に向けて大胆な実践を続けています。それは社会を変えていこうとするイノベーションでもあります。
住宅をつくる金融スキームからデザインする
— 前編では、ShopBot(ショップボット)というルーターや「EMARF」(エマーフ)というものづくりツールを活用した事例について伺いました。2021年にはさらに「NESTING」(ネスティング、部品どり技術の意)という、家づくりのサービスをローンチしています。
デジファブで誰でもどこでも好きな家をつくれるプラットフォームで、これを活用してできたのが「森山ビレッジ」です。
秋吉浩気(VUILD代表取締役) 「まれびとの家」同様、半径30km圏内の里山の杉を使って、地域で切り出しから製材、加工、組立までを完結させた集合住宅です。
— 5棟の民家から成り、その集落をつくることから行っているため「ビレッジ」なのですね。これまでのコーポラティブハウスと、どのような違いがあるのでしょうか。
秋吉 都市で働く人が、より自然に近い環境で二つ目となる拠点を持ってみたいと、別荘を計画する人が増えています。とはいえ一人では持て余すので、友人や知人と一緒に新しい集落を計画するという動きも増えてきています。
施主も当初はコーポラティブハウスとして、一つの大きな土地に5世帯を集めた計画を構想していました。コーポラティブハウスの場合、それぞれが住宅ローンを借り、建物は分割して所有することになりますが、すでにファーストホームで住宅ローンを組んでしまっている場合、セカンドハウスのローンを組むハードルは高くなります。
そこでこのプロジェクトでは、5世帯で一つの合同会社(LCC)をつくり、工費はその5世帯からの出資とLCCが地元金融機関から借り入れた資金で捻出することを提案したのです。結果的にLCCが土地建物を所有し、ローンは個人ではなく共同体に紐付けるという金融スキームが実現しました。
自分は共有物の一部を占有し、LCCへの出資割合は柔軟に設定し、他の人に引き継ぐこともできる、出入り可能な共同体にしています。空いている部屋を宿泊業として貸し出し収益を得ることもできる。より気軽に、2拠点目を所有することを実現できるのです。
「森山ビレッジができるまで」 提供:合同会社森山ビレッジ 制作:Indo films 森山ビレッジは秋田の伝統的民家を再解釈した集合住宅で、里山での新たな共生モデルを実践している。
— 従来型だと、場を持つ人々が寄せ集められたかたちとなり、自分の場以外の共有部の維持管理などがおざなりになりがちです。別荘管理が面倒と言われるように、やがて主体性を失っていきかねない。それを共同体にすることで、全体が管理・運用しやすくなるのですね。
秋吉 所有スキームが変わることで、もっと気軽に多拠点を持つことができるようになるでしょう。現在、サブスクリプションで利用料を払えば、いつでもある場所を使えるようなサービスはすでに存在しますが、それだと帰属意識が薄く、ただ定額で宿を利用するという消費感覚になってしまいがちです。
そうではなく、LCCにすることで、所有と共有の間のようなものにすることができます。そうすることで、自分の居場所をつくるという生産行為ができるようになる。またその場に行き何か活動することで、コミュニティに貢献でき、異質な他者と交わることができる。
— 個人の負担を軽減しているので始めやすく、かつ、地域に対しては自分の場として感じられるようになります。
秋吉 例えば資金が500万あったとしたら、100万ずつ5カ所に出資して場を持つこともできるわけです。そうすると帰属意識のある場所が、一挙に5カ所増えることになる。
自分たちがちょっとでも出資したり、所有したりすることで、地域にコミットしていくわけです。地域との関係性に積極的に関わる人がどんどん増えていけば、多分、世の中はもっと面白くなっていく。
人口動態を変化させる
秋吉 都市以外にも根ざす場所が増えてくると、世の中の人口動態は変化し、都市と地方の関係性も変わってくると思うのです。そんな大きな可能性を秘めた発明を、森山ビレッジの施主たちと共に生み出したのです。
— 確かに地方が活性化するきっかけになりそうなアイデアですね。それにしても秋吉さんはどうやって次々、可能性を持った種を見つけることができるのですか?
秋吉 それがクリエイターやデザイナーの仕事だからです(笑)。でも、アイデア単体では何の価値もないというか、アイデアそのものが重要なのではないんです。「そんなの自分も考えていたよ」というようなことだらけです。僕らの仕事も「それは誰々が前に言っていたことだから、別に新しくない」と言われることがあります。
重要なのは、実行に移すかどうかの差です。アイデアをどうやって形にしたか、その実践の方がはるかに重要で、行動してそれを形に落としこみ、広げるところまでいかないと、そのアイデアやコンセプトには全く意味がないのです。アウトカムが重要だと思います。
秋吉 これはもっと拡大できる話なのです。自治体も会社として見立てて、同じような発想で必要になった図書館や福祉施設を共同運営してはどうか。今は、選挙で当選した人が、知らないうちに税金で施設の建設を決めていたりします。
そうではなく、自分たちがコミットして、自分たちでつくった会社が共有物を持ち、自分たちの意見を出し合い決議する。そういう小さな実感にあふれた主体者たちが増えていけば、世の中は面白い方向へと変わっていくと考えます。
ものづくりで世の中を好転させたい
— どのような社会になることを思い描いていらっしゃるのでしょうか。
秋吉 VUILDのビジョンは「いきる」と「つくる」がめぐる社会へ、です。料理と同じで、外食でおいしいものを食べるのもいいですが、自分たち家族や仲間、友達でつくって食べるのは格別で、そこに価値がある。楽しいし、つながりができるのです。
つくることによって、生きていきたいと感じられる。そして生きているなかで、もっとつくりたいという欲望が生まれてくる。そんな歯車が回っていくようなポジティブな社会になることを期待しています。
秋吉 今の世の中は課題だらけで希望が見えず、経済も停滞し、悪いニュースばかりがフォーカスされています。けれども、自分たちで何かつくっている時間は楽しいし、生きがいみたいなものに熱中している間は、そんな世相の暗さなど気にならないぐらい、充実した時間を過ごすことができます。
僕らの活動がしっかり世の中に広まっていけば、単純に世の中は楽しくなるし、もっと明るくなると思っているんです。
— そのために、誰でもつくれるようなツールやノウハウを公開しているのですね。作家の立場として考えると、なかなかできることではないと感じます。
秋吉 作家はどちらかというと内向きですよね。特に一昔前のデザインは閉ざされたものでしたが、今はもうそういう時代じゃない。グッドデザイン賞に応募しているようなデザイナーも、ソーシャルな活動をしている人が多いですね。誰かとの関わりしろや社会との接点をどうつくるか、社会にどのように良いインパクトを与えられるか。そんなことをデザイナーの誰しもが考える時代だと思います。
僕は、ものづくりを通して世の中を好転させていくということをやりたいし、デザイナーとして、そういうポジティブな社会のデザインをきちんと手掛けていきたいのです。
— また、ひとつのアイデアから、さまざまな可能性を感じます。前編で伺ったShopBotで木材を有効活用していくことも、やがて広まれば、荒れている森林に人の手が入るようになり、森は活性化していくでしょう。自然環境も好転していきます。
秋吉 地球環境と人間社会が良くなることは、つながっています。人間が再びつくる力を回復していけば、人々の心も健全になるだけでなく、自然環境も健全になっていくことでしょう。
地球環境との対話スキル
— 古代の人々は自分たちで小屋をつくっていました(セルフビルド)。VUILDの提案は、本来のつくる能力を取り戻すものでもありますね。
秋吉 そうですね、ヒューマニティ(人間らしさ)の回復が必要です。自分でつくれるということは、自然との対話能力があるということで、かつての人々は自然に対処する能力をそもそも有していました。それが失われ、自然との距離が遠くなってしまった。
ヒューマニティを回復することで、地球環境との対話スキルが高まり、結果として地球環境が良くなっていく。まず人間の生成力を再生することで、地域の繋がりが再生し、同時に地球環境も再生していく。地球環境という大きな主語を掲げると実感が湧きませんが、主語を人間に置いて地球を語ることが大事だと思っています。
— NESTINGがその接点の一つになるのですね。秋吉さんは経営者としてプラットフォームをつくり、建築家としてプラットフォームを使った実践を行っています。そういう建築家は稀有なのではないでしょうか。
秋吉 いえ、建築家は本来、広域な範囲をデザインしてきた人で、事業家であり、起業家であり、挑戦者であり、冒険者でもあるんです。現代は、建築家の定義が矮小化されていますが、本来の建築家は、大聖堂をつくるとなったら資金調達から始まって、その建物をつくるために必要な機械をつくり、道具として日時計や定規をつくりながら、人をどうアサインしどういう工程で組み立てるか、その全てをやっていたわけです。そういった古典的な建築家像と何ら変わりがありません。
どのプロジェクトにおいても企画から入り、どこに何をつくり、どう資金を調達し、どういう事業にし、どう人を巻き込んでいくのかというビジョンやロードマップまで同時にデザインしています。
— さてグッドデザイン賞について伺います。2024年度は先の「森山ビレッジ」のほか、「仁淀川スタッドハウス」「NESTING直島」がグッドデザイン賞に選出されました。応募の理由を教えてください。
秋吉 実は一昨年は審査委員を経験させていただきましたが、その責を負いながら賞に応募するのは難しいため、出す側にまわる方を選んで辞任いたしました。なぜ応募したいのかというと、クライアントや一緒にやっているプロジェクトメンバーにとって、こうした賞は社会からのフィードバックであり、勢いづけにもなるからです。
「グッドデザイン賞に応募できるところまで到達しよう」と、わかりやすい目標にもなっています。
建築界を変えていく
— 審査委員としては当時、1988年生まれの秋吉さんは最年少でした。建築界では50代でも若手と形容されることがありますから、傑出しています。
秋吉 自分にそんな才能があるとは思っていないし、実際にもっとすごい才能はいっぱいいると思いますが、そういう人たちは往々にしてデザイナーとして独立してはいません。僕の世代は、建築を学んだのち他の業界に参入する人や、組織の中でデザイン活動をする人が多いのです。
大学でも残念ながら、建築家やデザイナーとして独立したいと声を上げる学生がどんどん減ってきています。それは建築界・デザイン界の価値観と若者が合わなくなってきているということでしょう。優秀な人たちが、デザインや建築で飯を食っていきたいと思えるような世界になっていないのです。端的に言うと夢がない。
秋吉 スタートアップの世界では30代後半は若手ではなく中堅で、50代にもなると若手を支援するために投資家という立場に移行することが多いです。なぜなら、若くエネルギーあふれる人や、勢いがあって新しい発想力をもつ人たちを登用しないと、価値観が固定されてしまい、その業界は停滞してしまうからです。
起業家の世界には、若者にチャンスを与え投資していくという良質なカルチャーがあります。それは自身も同様にして、上の世代から投資を受けてきたという恩があるからでしょう。
建築やデザインの業界ではそれを行ってこなかった。このツケが、この10年20年で出てきていると感じます。このままではデザインの文化が先細っていってしまう。
— VUILDはつくることを民主化することで、建築やデザインの世界に対しても風穴を開けようとしています。
秋吉 建築界はこれまで、さまざまな建築家が立ち上がり、きら星のごとく才能を開花させていきました。とりわけ戦後は日本に競争力があった時代で、野心と才能がある人がいっぱいいました。
けれども今は、野心的な人が出てくる文化的な受け皿が極端に削り取られてしまっていて、カウンターカルチャーとして変えていこうとする人もほとんどいなくなってしまった。戦後を切り開いてきた世代の人たちからしたら、若い世代は物足りなく感じるかもしれない。
秋吉 実際に僕らはまだアウトサイダーでしかない。亜流として認知されていては、正当な建築史には残らないというのは、これまでの歴史のなかでも繰り返されてきたことです。
でも建築史の本流に名を刻むような作品を出すことができれば、それはアウトサイダーではなくなります。建築作品として、誰もが認めざるを得ないものを産み出せる境地に達したとき、パラダイムが逆転すると考えます。その時、プラットフォーマーとして良質な作品を生み出す環境をつくっていたからこそ、いい作品がつくれたと言いたい。
起業家として社会を面的に変えつつも、作家として社会に一撃を食らわせる。そうやって点と面の両輪で社会変革を実現するのが、起業家であり建築家でもある僕に課せられた最大のミッションだと思っています。
— 秋吉さんは現在の建築界の壁を打ち破ろうとしているのですね。日本の社会が変わっていくには、まずは小さな変革が必要で、そこから伝播してイノベーションが巻き起こるというのがよくわかりました。可能性を感じています。本日はありがとうございました。
森山ビレッジ
VUILD株式会社
地域の木材を活用しながらデジファブによるセルフビルドを提唱するVUILDによるプロジェクトの進化形住宅で、金融スキームから建築家がデザインしている。建主と地元の人が協働で建設にあたり、家ができた時にはコミュニティはすでにできあがっている。里山との新たな共生モデルを実践する取り組みでもある。
- 受賞詳細
- 2024年度 グッドデザイン・ベスト100 https://www.g-mark.org/gallery/winners/25814
- プロデューサー
- 合同会社森山ビレッジ 丑田俊輔
- ディレクター
- VUILD株式会社 秋吉浩気
- デザイナー
- VUILD 秋吉浩気、中澤宏行、浦上卓司+DN-Archi 茨田一平+henrik • innovation 蒔田智則+もるくす建築社 佐藤欣裕+丑田俊輔+漆畑宗介+寺田耕也+佐藤道明+東海林諭宣
NESTING直島
VUILD株式会社
NESTINGとは設計・施工を施主が担い主体にするプラットフォーム。ブラックボックス化しがちな設計・見積のプロセスをオープンにし、施主が考えたプランで望む場所に自らの手で拠点を構えることができる。部品・部材は小型化し、重機を使わず建て方を簡易にし、基礎を単管打ち込み式の杭とすることで、素人でも施工がしやすい。低炭素なだけでなく、移築も容易である。
- 受賞詳細
- 2024年度 グッドデザイン賞 https://www.g-mark.org/gallery/winners/24690
- プロデューサー
- VUILD株式会社 秋吉浩気、森勇貴
- ディレクター
- VUILD株式会社 秋吉浩気
- デザイナー
- VUILD株式会社 秋吉浩気、西村俊貴、野田慎治、浦上卓司(設計)+yasuhirokaneda STRUCTURE 金田泰裕(構造)
石黒知子
エディター、ライター
『AXIS』編集部を経て、フリーランスとして活動。デザイン、生活文化を中心に執筆、編集、企画を行う。主な書籍編集にLIXIL BOOKLETシリーズ(LIXIL出版)、雑誌編集に『おいしさの科学』(NTS出版)などがある。
益永研司
写真家
六本木スタジオ、ナカサアンドパートナーズを経て、2013年益永研司写真事務所を設立。建築・インテリア・デザイン・ランドスケープなどの被写体を中心に、雑誌、広告全般などさまざまなジャンルで活動している。
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